愚者は知っていて、賢者は知らない

愚者は知っていて、賢者は知らない

とある女性のお話です。

***

ゆかり(仮名)という女性が結婚を期に地方から都内へ引っ越してきたのは、かれこれ10年前のことでした。

共働きのゆかりは慣れない土地と新しい職場で忙しい日々に追われていて、いつしか地元の友人たちとも疎遠になっていきました。

ある日、ふと親友だった奈々江(仮名)のことを思い出したゆかりは、「今頃どうしてるかしら?結婚して子供ができてたりして」と、妙にうれしくなってあの頃の懐メロを口ずさんでいました。

なぜ彼女のことがふと思い出されたのか少しだけ不思議に思いましたが、「そうだ、久しぶりに奈々江にLINEしてみよう!」とスマホを手に取りました。

しかし親友だったとはいえ、忙しくてこちらから連絡を取らなくなってしまったので、ちゃんと奈々江を気遣うように文章を考えて送りました。

「いつも奈々江のことを考えていました」「元気にしてますか?幸せですか?」「またあの頃のようにおしゃべりできたらどれほどうれしいことか」「返信待ってます!」

夫や職場の同僚には決して使わないような「あの頃」の絵文字をイタズラに散りばめました。

そしてゆかりは「早くLINEの返信が来ないかなー」とソワソワしながら、思わずこぼれてしまう笑みを隠そうとはしませんでした。

しかし、

2日たっても3日たっても返事が来ません。はじめは「きっと今は忙しくてタイミングが悪かったのよね」と自分をなだめていましたが、どんどん「どうして返事が来ないの?」と疑問がゆかりの心を支配し始めました。

以前ゆかりは、「既読を付けなくてもLINEを読む方法がある」と聞いたことがありました。

「まさか奈々江、私からのLINEを見ていながら無視しているのでは・・・」と考えるようになり、それを想像して悲しくなったのはわずか一瞬、下腹の奥底からマグマのような怒りが込み上げてきたのです。

「何よ!それってヒドくない?こんなに気遣ってあげたのに」

イライラが止まらないゆかりは、同じく疎遠になっていた地元の友人「ゆみこ」に電話することにしました。

「あ、ゆみこ?私、ゆかりよ。久しぶりー!元気にしてたー?」

懐かしさに浸る高揚感もそこそこに、ゆかりは奈々江の仕打ちともとれる「無視」について、怒りをぶつけたのでした。

「ひどいと思わない?私だって連絡しなくて悪かったわよ。でもLINEを3日も見ないなんてありえないじゃない?無視するなんてひどいわよ、そうでしょ?」

一方的に話すゆかりに、ゆみこは子どもを叱りつけるような大きな声で「ちょっと待って!」と強引に話を止めたのでした。

「はぁ?」ゆかりは苛立ちを抑えらません。

しかし、ゆかりはその直後に信じられない事実を知らされたのです。

「ねぇ、ゆかり聞いて。奈々江は3日前に交通事故で亡くなったのよ。ご家族が静かに送りたいからって、ほとんどの人には知らされてないの」

・・・

・・・

・・・

ゆかりのすべてが止まりました。

何も見えず、何も聞こえず、何も感じられず、何も考えられない時間がどれだけ過ぎたでしょうか。

そして突然、ゆかりに直下型地震のような衝撃が襲いかかりました。

「奈々江にムカついていた私って・・・」「奈々江がすでに死んでしまったなんて・・・」「私は何てヒドイ思い違いを・・・」

ゆかりは悲鳴のような叫び声をあげてその場に泣き崩れました。

***

あなたはこのお話を聞いて何を感じましたか?

ゆかりが怒り狂ってゆみこへ電話した時と、奈々江が亡くなったと聞かされて泣き崩れた時と、この世界に起きた事実は変わらずにたった一つです。

違っていたのは、ゆかりが知っていたことと、知らなかったことです。

愚者は自分が知っていることがすべてだと知っています。

賢者は自分が知っていることはほとんどないと知っています。

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